美術検定4級 過去問/Q.88~92(近世美術4/江戸時代中期・後期)

Q.88
この絵の作者で、錦絵を開発した浮世絵師は?
① 鈴木春信
② 西川裕信
③ 菱川師宣
④ 鳥居清長
出典:美術検定実行委員会・編『知る、わかる、みえる 美術検定4級問題 入門編』 (株)美術出版社 2021  p.98
鈴木春信 雨夜の宮詣

《雨夜の宮詣(見立蟻通明神》
1767年頃 中判錦絵
27.6x20.5㎝ 東京国立博物館 

答え ① 鈴木春信
鈴木春信(すずきはるのぶ/1725-70)は、江戸時代中期の浮世絵師。
錦絵誕生に大きな役割を果たしました。
 
1760年代、絵暦(えごよみ/趣向をこらしたカレンダー)のブームの中で、彫師や印師と協力しながら多色刷り木版画を開発します。これが錦絵の誕生です✨
 
それまで手彩色か、限定した色数にすぎなかった浮世絵版画の彩色法は、錦絵の開発によって革新的な飛躍を遂げました!
 
この絵雨夜の宮詣あまよのみやもうで見立蟻通明神みたてありどおしみょうじん)》の上部には、小倉百人一首にもおさめられた、源重之(みなもとのしげゆき)の和歌が記されています♪
 
春信の描く細身で可憐、繊細な表情の美人画はとても人気がありました。
Q.89
この絵で有名な画家で、江戸幕府の風俗取り締まりにより手鎖の刑に処せられたのは?
① 東洲斎写楽
② 喜多川歌麿
③ 葛飾北斎
④ 鳥居清長
出典:美術検定実行委員会・編『知る、わかる、みえる 美術検定4級問題 入門編』 (株)美術出版社 2021  p.98
喜多川歌麿 婦女人相十品 ポッピンを吹く娘

《婦女人相十品 ポッピンを吹く娘》
江戸時代 大判錦絵 
38x24.5㎝ 東京国立博物館

答え ② 喜多川歌麿
喜多川歌麿(きたがわうたまろ/1753頃-1806)は、江戸時代最大の版元の蔦屋重三郎(つたやじゅうさぶろう)に見出され、活躍した浮世絵師!
 
1790年代初めから、美人大首絵(おおくびえ)シリーズを世に出します♪
役者絵によく使われた、上半身のみを描く手法を、美人画に応用しました。
 
この婦女人相十品ふじょにんそうじゅっぽん ポッピンを吹く娘》は、若い娘がビードロ(ポッピン)で遊ぶ様子を描いたもの♪
 
クローズアップした表情にさまざま女性の心理を写し、官能美をたたえたこのシリーズは、大きな人気を集めます✨
 
しかし徳川幕府の風俗取り締まりにふれ、手鎖の刑に……💦
 
因みに「手鎖の刑」(てぐさりのけい)は、前に組んだ両手に鉄製のひょうたん型の手錠をかけて、一定期間自宅で謹慎させるもののようです。
手ぐさり
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:%E6%89%8B%E9%8E%96.JPG
歌麿を見出した蔦屋重三郎は、東洲斎写楽(とうしゅうさいしゃらく)も見出した名プロデューサー♪
その蔦屋重三郎にあやかっての、あの「TUTAYA」だそうですね。^^
Q.90
この版画の作者は?
① 菱川師宣
② 葛飾北斎
③ 歌川広重
④ 喜多川歌麿
出典:美術検定実行委員会・編『知る、わかる、みえる 美術検定4級問題 入門編』 (株)美術出版社 2021  p.100
葛飾北斎 神奈川沖浪裏

《富嶽三十六景 神奈川沖浪裏》
1831-34 横大判錦絵
25.4x37.3㎝ 山口県立美術館・浦上記念館

答え ② 葛飾北斎
葛飾北斎(かつしかほくさい/1760-1849)の富嶽三十六景ふがくさんじゅうろっけい 神奈川沖浪裏かながわおきなみうらですね。

北斎は江戸時代後期の浮世絵師。
浮世絵を学ぶかたわら狩野派も学び、 さらに琳派洋風画なども研究しています。
葛飾北斎 自画像

北斎 自画像 1839年(79歳)頃

《富岳三十六景》を発表したのは、1831年頃からで北斎72歳の頃!
 
「富嶽」富士山の別名 。各地からの富士山の景観を描いたもので、全部で46図あります。
 
当初は36図の予定が、大反響により10図が追加出版!
 
主版の36図は「表富士(おもてふじ)」
追加の10図は「裏富士(うらふじ)」
と呼ばれます♪
 

当時流行していた「ベロ藍」こと、プルシャンブルーを使っています✨

絵の輪郭線を、「表富士」では「ベロ藍」を、「裏富士」では「墨」を使って描いています。

ビックリマーク

改号すること30回

引越すること93回

90まで生きた北斎
生涯に3万点を超える作品を発表しました✨
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Q.91
この版画の作者は?
① 喜多川歌麿
② 歌川広重
③ 鈴木春信
④ 葛飾北斎
出典:美術検定実行委員会・編『知る、わかる、みえる 美術検定4級問題 入門編』 (株)美術出版社 2021  p.100
歌川広重 名所江戸百景 大はしあたけの夕立

《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》
1857年 大判錦絵 
36.3x24.1㎝ 山口県立美術館・浦上記念館

答え ② 歌川広重
歌川広重(うたがわひろしげ/1797-1858)ですね。
15歳で歌川豊広に入門しています。
歌川広重 肖像画

3代豊国筆 1858年 死絵(死去した時、訃報と冥福を祈って版行された浮世絵)

《名所江戸百景》は全119作品!
59歳頃からの作品で、61歳で亡くなる直前まで制作されました。
 
春夏秋冬の4つの季節で構成されていて、この《大はしあたけの夕立》の部です。
 
この絵ゴッホ模写していますよ。^^
 
広重もベロ藍を使っており、その鮮やかな透明感のある色は、欧米では「ヒロシゲブルー」ともいわれます✨
 
 
 
もうひとつ有名なのが東海道五十三次とうかいどうごじゅうさんつぎ
 
東海道の53の宿場に、出発地「日本橋」と、到着地「京師」(京都)を足した全55作です♪
歌川広重 東海道五十三次 日本橋
《日本橋》
広重 東海道五十三次 京都 

《京師》(京都)

プルシャンブルーについてすが、18世紀初頭にドイツ(プロシア)・ベルリンで、染料業者によって偶然発見された青色顔料です。
「ベルリンの藍」がなまっての「ベロ藍」!
 
以前は「ルシャンブルー」だと思っていて、ペルシャの空の色だと思ってたんですよねー ^^;💦
Q.92
この浮世絵版画の作者は?
① 葛飾北斎
② 歌川国芳
③ 月岡芳年
④ 歌川豊国
出典:美術検定実行委員会・編『知る、わかる、みえる 美術検定4級問題 入門編』 (株)美術出版社 2021  p.100 
歌川国芳 寄せ絵 みかけハこハゐがとんだいゝ人だ
《みかけハこハゐがとんだいゝ人だ》
1847年 大判錦絵
35.5x24.8㎝ 山口県立美術館・浦上記念館
答え ② 歌川国芳
歌川国芳(うたがわくによし/1797-1861)は、初代 歌川豊国(とよくに)に学んだ、江戸末期の浮世絵師。

渡辺崋山像

《みかけがとんだい人だ》は、国芳が50代前半で描いたもので、戯画のうち「寄せ絵」と呼ばれるもの✨
 
よーく見ると…… 目も 鼻も 口も 耳も 手も……
男たちが集まってつくり出されたユニークな作品です!
おもしろですね~ ^^♪
 

国芳
武者絵で一世を風靡しましたが、この絵のような戯画や、時の政治を風刺した浮世絵、美人画風景画など、なんでもこなしました。

【参考図書】
知る、わかる、みえる 美術検定4級問題[入門編 introduction]  美術検定実行委員会編  株式会社美術出版社
改訂版 西洋・日本美術史の基本 美術検定1・2・3級公式テキスト 美術検定実行委員会編  株式会社美術出版社  2019
続 西洋・日本美術史の基本  美術検定実行委員会編 株式会社美術出版社  2018
増補新装 カラー版日本美術史 辻惟雄監修 株式会社美術出版社 2020
この絵、誰の絵? 100の名作で西洋・日本美術入門  佐藤晃子著 株式会社美術出版社  2019

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