美術検定4級 過去問/Q.55~59(20世紀と現代の美術1)

Q.55
この絵の作者は
① デュフィ
② ブラック
③ ルオー
④ マティス
出典:美術検定実行委員会・編『知る、わかる、みえる 美術検定4級問題 入門編 』 (株)美術出版社 2021  p.80

1905年頃 油彩・キャンバス 
40.532.5㎝ コペンハーゲン国立美術館

答え ④ マティス

アンリ・マティス(1869-1954)は、20世紀初頭から活躍したフランスの画家。

アンリ・マティス

1913年撮影(44歳の頃)

問題の作品のタイトルは《緑のすじのあるマティス夫人像》

フォーヴィスムを代表する作品の1つです。

「フォーヴ」とは「野獣」のこと!

1905年のサロン・ドートンヌ展に、マティスら若い作家たちが、大胆で鮮烈な色彩表現で、荒々しいタッチの作品を出品します。

そのインパクトある表現に、批評家からは非難が殺到。
「まるで野獣(フォーヴ)」と揶揄されたことがフォーヴィスムのはじまりです。

ブラックルオーフォーヴィスムの画家です。それぞれが独自の表現を探し、マティス色彩の純度を高めて、秩序バランスを追求しました!

Q.56
この作品名は?

① 《街の神秘と憂鬱》
② 《子供の脳》
③ 《秋の午後、あるいはイタリア広場》
④ 《王の不機嫌》
出典:美術検定実行委員会・編『知る、わかる、みえる 美術検定4級問題 入門編 』 (株)美術出版社 2021  p.80

ジョルジョ・デ・キリコ
1914年 油彩・キャンバス
87x71.5㎝ 個人蔵(アメリカ) 

答え ① 《街の神秘と憂鬱》

デ・キリコ(1888-1978)の作品ですね。
2つ前の問題でチラリとみましたね♪

ギリシア生まれ、イタリア人画家です。

ムンク

1894年撮影

光と影のくっきりのコントラスト…
輪を転がす少女…
怪しい影…
扉の開いた車…
奇妙な遠近法…

20代前半には、この不思議な画風を確立しており「形而上絵画」創設者といわれています!

「形而上」とは、形のないものとか 形を超えたもの。
人の心や神秘的な存在のことですね✨

現実を超えた内面のリアリティを描き、後のシュルレアリスムに大きな影響を与えました。

Q.57
次のうちカンディンスキーの作品は?

クレー 美しき女庭師

カンディンスキー コンポジション7

マレーヴィッチ シュプレマティズム
出典:美術検定実行委員会・編『知る、わかる、みえる 美術検定4級問題 入門編 』 (株)美術出版社 2021  p.80
答え ②《コンポジションⅦ》
カンディンスキー コンポジション7

1913年 油彩・キャンヴァス
200.7x302.3㎝ トレチャコフ美術館(モスクワ)

ワシリー・カンディンスキー(1866-1944)

ワリシー・カンディンスキー

1922年(56歳頃)

ロシア出身で、ドイツとフランスで活躍。

著書で抽象画を理論化したことから抽象絵画の創始者」と言われています✨

カンディンスキーは、横倒しになった自分の絵を見て、具体的なものを描かなくても、美しい絵は成立するのではないかと考え、抽象絵画にたどり着いています。

色や形の表現だけで絵画を完成させようとしました!

他の絵も確認を!^^

①《美しき女庭師》


スイス人画家のパウル・クレー(1879-1940)の作品。
完全な抽象化ではなく、対象が感じられるくらいの半抽象画的なのが特徴です。

③《シュプレマティズム絵画(シュプレムスNo.56》

作者は、カジミール・マレーヴィッチ(1879-1935)。
ウクライナのキーウに生まれ、モスクワで活動しました。
シュプレマティズム(絶対主義/至高主義)」を生み出した作家です。

マレーヴィッチは、何かしらの対象を描くのではなく、その次元を超えた絶対的な世界を目指しました✨

真っ黒なこの作品、見たことありますよね。究極の絵画ですね!

マレーヴィッチ 黒の正方形

《黒の正方形》1915年 80x80㎝

④《果物入れ、クラブのエース》


これはジョルジュ・ブラック(1882-1963)の作品。
ブラックはフランスの画家で、ピカソと共にキュビスムの創始者のひとりです。

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Q.58
ロシア出身シャガールのこの作品の題名は?
①《ふたり》
②《彼女をめぐって》
③《誕生日》
④《エッフェル塔の花嫁、花婿》
出典:美術検定実行委員会・編『知る、わかる、みえる 美術検定4級問題 入門編 』 (株)美術出版社 2021  p.82

著作権保護期間中につき、画像は👇こちらのサイトで確認を!

1915年 油彩・厚紙
80.6x99.7㎝ ニューヨーク近代美術館

答え ③《誕生日》

この《誕生日》とは、結婚を数週間後に控えた、シャガールの28歳の誕生日♪ 

宙に浮いたシャガールと、最愛の恋人ベラです。
幸せの絶頂にあった誕生日を描いています✨

シャガール

1920年(33歳の頃)

マルク・シャガール(1887-1985)はロシア出身の、ユダヤ系フランス人画家。

23歳でパリに出て、当時画家たちが集まったモンパルナスの芸術村に腰を据えます。

フォーヴィスムの色彩や、キュビスムの空間構成など、新しい様式を採り入れながら、独自の幻想的な画風を追求しました。

印象派のところで出てきたモンマルトル(セーヌ川左岸も、マネドガたち、芸術家の集まる街でしたね!

モンパルナス(セーヌ川右岸は、モンマルトルよりも家賃も安く、主に他の国からの芸術家たちが集まった場所でした。

モンマルトルの観光地化や地価高騰で、モンパルナスの方にみんな移っていったようです。

この1910年前後にパリに集まった、国も画風も違う画家たちを「エコール・ド・パリ(パリ派)」と呼びます!

Q.59
ピカソが1937年のスペイン内乱におけるドイツ軍の空爆をきっかけに制作した、大作の題名は?
①《貧しい食事》
②《ゲルニカ》
③《泣く女》
④《アヴィニョンの娘たち》
出典:美術検定実行委員会・編『知る、わかる、みえる 美術検定4級問題 入門編 』 (株)美術出版社 2021  p.82

1937年 油彩・キャンバス 
349x776㎝ ソフィア王妃芸術センター

答え ②《ゲルニカ》

パブロ・ピカソ(1881-1973)は、91年の生涯で「青の時代」「薔薇色の時代」「キュビム」「シュルレリム」……と、変化し続けた芸術家です。

ピカソ

1962年

1937年の春、スペインの北部の小さな町ゲルニカが爆撃されます。内戦中のスペインで、反乱軍と結託していたナチス・ドイツによる空爆です。

この報道を知って、猛烈な抗議を込めて描き上げられたのが、ピカソ《ゲルニカ》です。パリ万博の、スペイン共和国館の壁画テーマを変更して描かれました。

戦後は反戦・平和のシンボルとみなされるようになった作品です✨

👇ニューヨークの国連本部には、タピストリーがありますね!

こちらは壁画です♪

ピカソ ゲルニカ 壁画 
Allendesalazar Street, CC BY-SA 3.0 , via Wikimedia Commons
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/6f/Mural_del_Gernika.jpg

壁画 セラミック(実物大レプリカ)
ゲルニカ=ルモ・ムニシピオ(基礎自治体)

ゲルニカの空爆は、無防備な一般市民が狙われた、世界初の無差別空爆といわれています。日本原爆が落ちる8年前のことです……


【参考図書】
知る、わかる、みえる 美術検定4級問題[入門編 introduction]  美術検定実行委員会編  株式会社美術出版社
改訂版 西洋・日本美術史の基本 美術検定1・2・3級公式テキスト 美術検定実行委員会編  株式会社美術出版社  2019
続 西洋・日本美術史の基本  美術検定実行委員会編 株式会社美術出版社  2018
増補新装 カラー版 西洋美術史  高階秀爾監修 株式会社美術出版社  2021
この絵、誰の絵? 100の名作で西洋・日本美術入門  佐藤晃子著 株式会社美術出版社  2019
芸術教養シリーズ6 盛期ルネサンスから十九世紀末まで 西洋の芸術史 造形篇II  水野千依編  株式会社幻冬舎  2013

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