《雨夜の宮詣(見立蟻通明神》
1767年頃 中判錦絵
27.6x20.5㎝ 東京国立博物館
答え ① 鈴木春信
錦絵誕生に大きな役割を果たしました。
1760年代、絵暦(えごよみ/趣向をこらしたカレンダー)のブームの中で、彫師や印師と協力しながら多色刷り木版画を開発します。これが錦絵の誕生です。
それまで手彩色か、限定した色数にすぎなかった浮世絵版画の彩色法は、錦絵の開発によって革新的な飛躍を遂げました。
この絵《雨夜の宮詣(見立蟻通明神)》の上部には、小倉百人一首にもおさめられた、源重之(みなもとのしげゆき)の和歌が記されています。
春信の描く細身で可憐、繊細な表情の美人画はとても人気がありました。
4級 過去問/Q.89
《婦女人相十品 ポッピンを吹く娘》
江戸時代 大判錦絵
38x24.5㎝ 東京国立博物館
答え ② 喜多川歌麿
1790年代初めから、美人大首絵(おおくびえ)シリーズを世に出します。
この《婦女人相十品 ポッピンを吹く娘》は、若い娘がビードロ(ポッピン)で遊ぶ様子を描いたもの。
クローズアップした表情にさまざま女性の心理を写し、官能美をたたえたこのシリーズは、大きな人気を集めます。
因みに「手鎖の刑」(てぐさりのけい)は、前に組んだ両手に鉄製のひょうたん型の手錠をかけて、一定期間自宅で謹慎させるもののようです。
4級 過去問/Q.90
《富嶽三十六景 神奈川沖浪裏》
1831-34 横大判錦絵
25.4x37.3㎝ 山口県立美術館・浦上記念館
答え ② 葛飾北斎
葛飾北斎(かつしかほくさい/1760-1849)の《富嶽三十六景 神奈川沖浪裏》ですね。
浮世絵を学ぶかたわら狩野派も学び、 さらに琳派や洋風画なども研究しています。
《富岳三十六景》を発表したのは、1831年頃からで北斎72歳の頃です。
北斎 自画像 1839年(79歳)頃
「富嶽」は富士山の別名 。各地からの富士山の景観を描いたもので、全部で46図あります。当初は36図の予定が、大反響により10図が追加出版されました。
主版の36図は「表富士(おもてふじ)」、追加の10図は「裏富士(うらふじ)」と呼ばれ、当時流行していた「ベロ藍」※こと、プルシャンブルーを使っています。
絵の輪郭線を、「表富士」では「ベロ藍」を、「裏富士」では「墨」を使って描いています。
90まで生きた北斎、生涯に3万点を超える作品を発表しました。
4級 過去問/Q.91
《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》
1857年 大判錦絵
36.3x24.1㎝ 山口県立美術館・浦上記念館
答え ② 歌川広重
3代豊国筆 1858年 死絵(死去した時、訃報と冥福を祈って版行された浮世絵)
《名所江戸百景》は全119作品。
59歳頃からの作品で、61歳で亡くなる直前まで制作されました。
春夏秋冬の4つの季節で構成されていて、この《大はしあたけの夕立》は夏の部です。
この絵ゴッホも模写していますよ。
東海道の53の宿場に、出発地「日本橋」と、到着地「京師」(京都)を足した全55作です。
《京師》(京都)
4級 過去問/Q.92
35.5x24.8㎝ 山口県立美術館・浦上記念館
答え ② 歌川国芳
渡辺崋山像
【参考図書】
知る、わかる、みえる 美術検定4級問題[入門編 introduction] 美術検定実行委員会編 株式会社美術出版社
改訂版 西洋・日本美術史の基本 美術検定1・2・3級公式テキスト 美術検定実行委員会編 株式会社美術出版社 2019
続 西洋・日本美術史の基本 美術検定実行委員会編 株式会社美術出版社 2018
増補新装 カラー版日本美術史 辻惟雄監修 株式会社美術出版社 2020
この絵、誰の絵? 100の名作で西洋・日本美術入門 佐藤晃子著 株式会社美術出版社 2019

