バロック美術

ルーベンス《聖母子と諸聖人》
ルーベンス《聖母子と諸聖人》
1930年代後半 シント・ヤーコブ大聖堂(アントワープ)

◆バロック美術の特徴
・17世紀~18世紀初め、誇張や劇的な効果を追求した美術
・「バロック」は、ポルトガル語の「バローコ(ゆがんだ真珠)」に由来
・ルネサンスの調和から劇的な表現に変化
・コントラストの強い明暗描写
・激しい動き
・人間の内面をドラマチックに表現
・光の効果の追求
・風俗画、風景画、静物画など絵画の種類が独立していく
・建築では曲面や楕円形が好まれる
・イリュージョニズムを用いた天井画の発達
・イタリアからヨーロッパ中に広まる

◆イタリア
  カラッチ 調和の取れた美しさ
  カラヴァッチョ 庶民の姿の宗教画
  ベルニーニ 建築と彫刻の融合
  ポッツオ 壮大なフレスコ画  
  ボッロミーニ 曲線を使った建築

◆フランドル
  ルーベンス ダイナミックで色彩豊か
  ヴァン・ダイク 品格ある肖像画・後にイギリスへ
  ヨルダーンス 庶民的風俗画
  スネイデルス 果物と動物を描く

◆オランダ
  ハルス 笑いの画家
  レンブラント 17世紀オランダ最大の画家
  ライスダール ドラマチックな風景画
  ステーンウェイク 静物画(ヴァニタス画) 
  ウィルム・カルフ 静物画(ナチュール・モルト)
  フェルメール 光を巧みに表現した室内画
  ホッベマ 田園風景画(理想的風景画)   

◆スペイン
  エル・グレコ 宗教画(マニエリスム~バロック初期)
  リベーラ 宗教画、静物画、ナポリで活躍
  スルバラン 質感のある静物画  
  ベラスケス 宮廷画家、雰囲気の魔術
  ムリーリョ 宗教画と庶民を描く

◆フランス
  ラ・トゥール 夜の画家
  プッサン アカデミーの規範
  クロード・ロラン 理想風景の追求
  ル・ブラン 王権の栄光

◆美術以外の分野では、音楽家バッハや、科学者ガリレオが活躍。

バロック/イタリア

・16世紀の末頃から、ローマを中心に表れた新しい動き
・宗教画や神話を題材とした絵が、より身近な表現となる
・劇的表現
・風俗画、風景画、静物画など絵画の種類が独立していく
・天井画の発達や光の効果の追求が始まる

◆
主な作家
  カラッチ 調和の取れた美しさ
  カラヴァッチョ 庶民の姿の宗教画
  ベルニーニ 建築と彫刻の融合
  ポッツオ 壮大なフレスコ画
  ボッロミーニ 曲線を使った建築

カラッチ

カラッチ

アンニバーレ・カラッチ
Annibale Carracci
1560年11月3日~1609年7月15日
イタリア

兄や従妹とともにアカデミア(画塾)を設立。ルネサンスの巨匠を理想とした調和のとれた美しさを追求。天井画から風俗画や古典的風景画など、幅広く作品を残している。

カラッチ バッカスとアリアドネの勝利

《バッカスとアリアドネの勝利》
1597-1602年頃 
フレスコ
ファルネーゼ宮殿 天井画(ローマ)

酒神のバッカスが、クレタ島のミノス王の娘アリアドネを伴って凱旋した祝祭の様子です。ルネサンスの巨匠を理想とした、調和のとれた美しい天井画です。

カラバッジョと人気を二分したカラッチの、バロック美術の規範のひとつとなる代表作です。

カラッチ バッカスとアリアドネの勝利
ファルネーゼ宮殿

3次元の立体空間のように思わせるイリュージョニズムの趣向は、その後バロック美術の成熟とともに、ダイナミックに発展していきます。

カラヴァッジョ

カラバッジョ

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ
Michelangelo Merisi da Caravaggio
1571年9月29日-1610年7月18日
イタリア

バロックの始まりを告げる画家。
何度も逮捕・投獄され、いくつもの犯罪歴を持ちながらも、画家としては人気が高く、後のバロックの巨匠たちに大きな影響を与える。明暗法を活かした劇的な作品を多く残す。

カラヴァッジョ 聖マタイの召し出し

《聖マタイの召し出し》
1599-1600年 油彩・カンヴァス
322x340㎝ サン・ルイジ・デイ・フランチェ―ジ教会(ローマ)

バロックの始まりを告げるといわれる作品です。
主題は『マタイによる福音書』 9章9節で、イエスが収税所で働いていたレビ(マタイ)に声をかけて、それに答えてレビがイエスの弟子となる場面。聖書の内容を日常の庶民の姿で描いています。
キリストの右手と呼応するように差し込む光。光と闇の強烈な衝撃は、当時の人々を魅了しました。

カラヴァッジョ 聖マタイの召命

髭の男がマタイと言われていましたが、近年では、自分を指さしているのではなく、左端のうつむいてお金を数えている男を指さしており、彼がマタイではないかと言われています。

ベルニーニ

ベルニーニ

ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ

Gian Lorenzo Bernini
1598年12月7日-1680年11月28日
イタリア

彫刻家・建築家
イタリア・バロックの中心的芸術家
「ベルニーニはローマのために生まれ、ローマはベルニーニのためにつくられた」と称賛された作家。

ベルニーニ 聖テレサ法悦

《聖テレサ法悦》
1647-52年 
大理石
サンタ・マリア・デッラ・ヴィットーリア聖堂 コルナーロ礼拝堂(ローマ)

ベルニーニ 聖テレサ法悦
Benjamín Núñez González, CC BY-SA 4.0 , attraverso Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:%C3%89xtasis_de_Santa_Teresa,_Gian_Lorenzo_Bernini,_Roma,_Italia,_2019_06.jpg
ベルニーニ 聖女テレサの法悦 コルナーロ家

彫刻家・ベルニーニは、ミケランジェロと並ぶ天才彫刻家です。瞬間の表情や動きをとらえて、迫力ある彫刻をつくり上げました。

《聖テレサ法悦》は、16世紀スペインに実在した聖女テレサの前に、天使が現れ、矢で心臓を貫くという幻視体験の造形です。愛の矢によって、魂が神と一体となる喜びに満たされる、奇跡の場面。

祭壇を挟む左右の側壁には、制作依頼者のコロナール家の人々を配し、舞台の観客のように聖女の神秘体験に立ち会わせています。

建築家としても優れたベルニーニは、この礼拝堂の内装のデザインのすべてを手掛けています。

ベルニーニ《ヴェールを剥がされる真実》
Gian Lorenzo Bernini, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Museo_borghese,_sala_del_gladiatore,_g.l._bernini,_verit%C3%A0_svelata,_1645-52,_02.JPG

《ヴェールを剝がされる真実》
1645-52年 
大理石
H280㎝ ボルゲーゼ美術館(ローマ)

裸の女性=「真理」を象徴、
右手に持った太陽の光=真理をあきらかにすること、
左足を地球儀にかけたポーズ=世俗を超越すること、
女性から剥ぎとられたヴェール=心理を覆い隠すもの。

チョザーレ・リーパ著『イコノロギア』(1593年初版)が参照された作品です。この本には「真理」のような抽象的概念を表現する際に、擬人化の方法や約束事が集成されています。バロック以降の寓意図像の表現に影響を与えました。

サン・ピエトロ大聖堂の正面にある楕円形の広場も設計しました。
4列のドーリア式円柱による列柱廊と 140体の聖人像です。

サンピエトロ大聖堂
Diliff, CC BY-SA 3.0 , via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:St_Peter%27s_Square,_Vatican_City_-_April_2007.jpg

《サン・ピエトロ広場》
1656-67年

サンピエトロ広場 ベルニーニ
MarkusMark, CC BY-SA 3.0 , via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:079ColonnatoSPietro.jpg

ポッツオ

アンドレア・ポッツオ

アンドレア・ポッツォ
Andrea Pozzo
1642年11月30日~1709年8月31日
イタリア

画家であると同時にイエズス会の修道士でもありました

アンドレア・ポッツオ《イエズス会の伝道の寓意》
Diego Delso, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Iglesia_de_San_Ignacio_de_Loyola,_Roma,_Italia,_2022-09-15,_DD_27-29_HDR.jpg

《イエズス会の伝道の寓意》
1691-94年 
フレスコ
サンティニャーツィオ聖堂(ローマ)

アンドレア・ポッツオ《イエズス会の伝道の寓意》
Andrea Pozzo, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:The_Triumph_of_St._Ignatius.jpg

イエズス会総会長にローマに呼ばれ、描いた天井画です。聖堂の床の中央には立ち位置が示されており、そこから見上げると、遠近法の構成が完成するように計算されています。

当時考えられていた世界、ヨーロッパ・アフリカ・アジア・アメリカの4つの大陸が、擬人化して描かれており、その4大陸へとイエズス会の教えが伝道されることを讃えています。

ボッロミーニ

フランチェスコ・ボッロミーニ

フランチェスコ・ボッロミーニ
Francesco Borromini
1599年9月25日-1667年8月3日

ベルニーニの弟子・ライバル
ベルニーニとともにバロック建築の礎を築いた建築家

ボッロミーニ サン・カルロ・アッレ・クアトロ・フォンターネ聖堂
Paolo Monti, CC BY-SA 4.0 , via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Paolo_Monti_-_Servizio_fotografico_-_BEIC_6346853.jpg
ボッロミーニ サン・カルロ・アッレ・クアトロ・フォンターネ聖堂

《サン・カルロ・アッレ・クァットロ・フォンターネ聖堂》
1637-52/67年頃

ボッロミーニが設計したこの聖堂は、狭い敷地という難問に挑んだもの。楕円形プランを用いて、円の象徴性を失うことなく、ミサや典礼に適した機能性を兼ね備えた聖堂をつくりました。

ファザードはボッロミーニの死後に完成したもの。しなやかに湾曲した、リズミカルな曲線が特徴です。

ボッロミーニ サン・カルロ・アッレ・クァットロ・フォンターネ聖堂 インテリア

祭壇

円蓋内部

バロック/フランドル

・17世紀初頭、ネーデルラント地方が南北に分断され、南側がフランドル。(現在のベルギーのあたり。北部はオランダ共和国として独立)
・貿易港アントウェルペンを中心に繁栄
・カトリック勢力の回復に合わせ、教会が画家たちへ大量の絵を注文
・キリスト教を主題とした祭壇画や物語
・君主の肖像、神話化した君主像
・風景や動物、花などを専門とする画家が登場
・最も活躍したのがルーベンス

◆主な作家
  
ルーベンス ダイナミックで色彩豊か
  ヴァン・ダイク 品格ある肖像画・後にイギリスへ
  ヨルダーンス 庶民的風俗画
  スネイデルス 果物と動物

ルーベンス

ピーテル・パウル・ルーベンス
Peter Paul Rubens
1577年6月28日~1640年5月30日
フランドル  アントウェルペン出身

イタリアへ留学し、古代ルネサンス美術とともに、カラヴァッジョ様式も学んで帰国。宮廷画家として大工房を構え、多くの弟子たちとヨーロッパ各地からあらゆる注文に応じる分業体制を確立。生涯におよそ2000点もの作品を手掛ける。外交官としても活躍。

パトロン/マントヴァ公・アルブレヒト大公・ルイ13世ほか

ルーベンス キリスト昇架

《キリスト昇架》
1609-1610年頃 油彩・板
462x341㎝ 聖母大聖堂(アントウェルペン/ベルギー)

ルーベンス キリスト降架

《キリスト降架》
1611-1614年頃 油彩・板
421x311㎝
聖母大聖堂(アントウェルペン/ベルギー)

ルーベンス キリスト降架 詳細

このアントウェルペン大聖堂の2大祭壇画は、造形表現や強烈な明暗法、螺旋を描く対角線構図など、イタリア絵画の影響がしっかりと見られます。

ルーベンスのスケールの大きさと迫力ある祭壇画によって、人々はカトリックの信仰へと導かれました。
「フランダースの犬」でネロ少年が見た最後の絵としても有名ですね。

ルーベンス キリスト降架
Jean Housen, CC BY-SA 4.0 , via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:20210626_antwerpen219.jpg
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ルーベンス マリー・ド・メディシスの生涯 マルセイユ上陸

《マリー・ド・メディシスの生涯(マルセイユ上陸)》
1622-25年頃 油彩・カンヴァス
364x295㎝ ルーブル美術館蔵(パリ)

ルーベンス 三美神

《三美神》
1636-38年 
油彩・カンヴァス
221x181㎝ プラド美術館(マドリード)

※「三美神」 とは、美の女神アフロディテに使える3人の女神のこと
 タレイア(花の盛り)
 プシュネ(喜び)
 アグライア(輝く女

パリスの審判 ルーベンス

《パリスの審判》
1632-35年頃 
油彩
144.8x193.7㎝ ナショナル・ギャラリー(ロンドン)

バロック フランドル ルーベンス レウキッポスの娘たちの略奪

《レウキッポスの娘たちの略奪》
1618年 
油彩

美を競う女神たちが登場する、ギリシア神話のエピソード「パリスの審判」は、人気のテーマのひとつでした。
豊満な肉体や滑らかな肌の質感は、ルーベンスの裸婦像の特徴です。

ヴァン・ダイク

ヴァン・ダイク

アンソニー・ヴァン・ダイク
Anthony van Dyck
1599年3月22日-1641年12月9日
フランドル

ルーベンスの工房で弟子として働いたのち、イタリア留学を経て、イギリス王チャールズ1世の宮廷画家へ。屋外での肖像画の伝統を確立。上流階級の華麗な肖像画を数多く手掛ける。

パトロン/チャールズ1世

ヴァン・ダイク チャールズ1世の肖像

《チャールズ1世の肖像》
1635年頃 油彩・カンヴァス
266x295㎝ ルーブル美術館蔵(パリ)

《チャールズ1世の肖像》は、狩りに出たチャールズ1世が、ひと休みしているところ。『狩猟場の王』とも呼ばれる作品です。チャールズ1世だけで40点もの肖像画を描いています。

ヴァン・ダイク 馬上のチャールズ1世とサン・アントワープの領主の肖像

《馬上のチャールズ1世とサン・アントワープの領主の肖像》
1633年
油彩・カンヴァス
368x269㎝ バッキンガム宮殿(ロンドン)

ヴァン・ダイクは、モデルの地位や心理を巧みに演出。形式ばった堅苦しい肖像画ではなく、品格と威厳を添えながら人間味あふれる作品を残しました。

後のイギリス風景画や肖像画に大きな影響を与えています。


ヨルダーンス

ヨルダーンス

ヤーコブ・ヨルダーンス
Jacob Jordaens
1593年5月19日-1678年10月18日
フランドル

ルーベンスの弟子
滑稽で庶民的、活力ある作品を描く。

ヨルダーンス サテュロスと農民

《サテュロスと農民》
1620-1621年
油彩・カンヴァス
322x340㎝ サン・ルイジ・デイ・フランチェ―ジ教会(ローマ)

ヨルダーンス 豆の王様の祝宴

《豆の王様の祝宴》
1640年頃 

242x300㎝ ウィーン美術史美術館

ヨルダーンスも、ルーベンスの助手でした。
神話画や宗教画、風俗画を得意としました。

スネイデルス

スネイデルス

フランス・スネイデルス

Frans Snyders
1579年11月11日-1657年8月19日
アントウェルペン

動物画・静物画家
ルーベンスとの共同制作も行う。

スネイデルス 野猪狩り

《野猪狩り》
油彩・キャンヴァス
194×340㎝ ロコックスハウス(アントウェルペン)

スネイデル LA_FRUTERA

《果物》
1633年 油彩・キャンヴァス
プラド美術館(スペイン)

バロック/オランダ(北ネーデルラント)

・ネーデルラント地方の北部7州が、オランダ共和国として、スペインから独立(南部フランドルはカトリック)
・
プロテスタント勢力が強く、偶像崇拝禁止のため宗教画は衰退
・代わりに市民生活に根ざした新しい美術が発展
・国際貿易で栄え、市民が豊かになる
・宮廷や教会に代わり、市民がパトロン
・家庭に飾れる小さめの絵画が主流
・ジャンル分化/風景画、風俗画、静物画
・親しみやすい写実描写、細密描写
・光の表現も重視
・ステータス・シンボルとしての肖像画、集団肖像画
・ヴァニタス画
・17世紀はオランダ美術の黄金時代

◆主な作家
  ハルス 笑いの画家
  レンブラント 17世紀オランダ最大の画家
  ライスダール ドラマチックな風景画
  ステーンウェイク 静物画(ヴァニタス画)
  ウィルム・カルフ 静物画(ナチュール・モルト)
  フェルメール 光を巧みに表現した室内画
  ホッベマ 田園風景画(理想的風景画)

ちょっと簡単にカトリックとプロテスタントの違いを確認!

カトリックプロテスタント


最高指導者:ローマ教皇
マリア崇拝
聖職者:神父、司祭
礼拝:日曜日にミサ
救い:信仰+善行(巡礼や寄付 ボランティアなど)
教会:豪華

カトリックから分離
神と信仰中心
マリア・聖人崇拝なし
聖職者:牧師
礼拝:日曜日に礼拝
救い:信仰のみで得られる
教会:シンプル

ハルス

フランス・ハルス
Frans Hals
1581/85年頃~1666年8月26日
アントウェルペン

モデルの心理描写に傑出。庶民から裕福な市民まで幅広く描き、オランダ肖像画の基礎を築く。笑っている人物を多く描いたことから「笑いの画家」と呼ばれる。

フランス・ハルス 陽気な酒飲み

《陽気な酒飲み》
1628-30年頃 油彩・キャンヴァス 

81x66.5㎝ アムステルダム国立美術館

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《ハールレムの聖ゲオルギウス市民隊の幹部たちの宴会》
1616年 
フランス・ハルス美術館(オランダ)

ハルスは、レンブラント、フェルメールとともにオランダ三大巨匠のひとり。生気あふれる自然な描写の肖像画を確立しました。

レンブラント

レンブラント・ファン・レイン
Rembrandt
1606年7月15日-1678年10月4日
ネーデルラント連邦共和国(現オランダ)

静物画を除きあらゆるジャンルの作品を制作。バロック様式と、カラヴァッジョ様式を展開させ、強い明暗の対比で、劇的な効果を生み出す。

レンブラント 夜警

《夜警》
1642年 油彩・カンヴァス
363x437㎝ アムステルダム国立美術館

正式タイトルは《隊長フランス・バニングコックと副官ウィレム・ファン・ライテンブルクの市民隊》
明暗の差異がつくり出す物語画のような集団肖像画です。

《ペテロの否認》
1660年 油彩・キャンヴァス
154x169㎝ アムステルダム国立美術館

使徒ペテロが、人間的な弱さを露呈する場面を描いた《ペテロの否認》です。これは新約聖書にある場面で、イエスが捕えられた後、ペテロが三度「自分はイエスを知らない」と否認した出来事を描いています。

当時のオランダでは、教会内部での宗教画は否定されていましたが、個人の家庭や市場ではその需要は存続していました。レンブラントは、聖書の物語を人間の内的ドラマとして描き、従来とは異なる宗教画を生み出しました。

ライスダール

ライスダール

ヤーコプ・ファン・ライスダール

Jacob van Ruisdael
1628年頃-1682年3月14日

ハールレム(オランダ)

ライスダール ウェイク・ベイ・デュールステーデの風車

《ワイク・バイ・ドゥールステーデの風車》
1670年頃 油彩・キャンヴァス
83x101㎝ 
アムステルダム国立美術館

《ユダヤ人墓地》
1660年頃 油彩・キャンヴァス
144.2x189.2㎝ デトロイト美術館(アメリカ)

オランダで最も大量に描かれたのが風景画でした。身近な風景を写し取ったような写実的風景画(忠実な再現ではない)が描かれました。

ハルメン・ステーンウェイク

ハルメン・ステーンウェイク
Harmen Steenwijckf
1612年頃-1676年頃
デルフト

風俗画家
日常生活の場面を描く中に、人生のはかなさや虚栄を示すヴァニタス※的寓意を込める

ステーンウェイク《静物 現世の虚しさの寓意》

《静物(現世の虚しさの寓意)》
1640年 油彩・カンヴァス
39x51㎝ ナショナル・ギャラリー(ロンドン)

※「ヴァニタス」とは、ラテン語で「空虚・虚しさ」を意味します。
ヴァニタス画は「静物画」のジャンルの1つで、寓意的な意味を持って、命やこの世のはかなさを象徴・暗示した絵のことです。

髑髏(どくろ)やろうそく、砂時計、しなびた植物や宝飾品など、死や時間を暗示するアイテムを置いて、財産や権力といった世俗的な幸せなど、瞬時に失われるものだと説いています。

17世紀のオランダやフランスで流行しました。

ヴィレム・カルフ

ヴィレム・カルフ

ヴィレム・カルフ
Willem Kalf
1619年11月3日-1693年7月31日
アムステルダム

豪華な静物画
17世紀後半に活躍
オランダ市民の富と生活を反映した作品を描く

ヴィレム・カルフ《中国陶器と杯のある静物》

ヴィレム・カルフ
《中国陶器と杯のある静物》

1662年 油彩・カンヴァス
79x67㎝ ティッセン・ボルネミッサ美術館(マドリード)

静物画は、フランス語で「ナチュール・モルト(死せる自然)」。オランダ語では「スティルレーフェン(静かな生)」。
果実や花、日常品など、動かないものや生命のないものを主題としてます。寓意がふくまれることもありました。

フェルメール

ヨハネス・フェルメール
Johannes Vermeer
1632年10月31日?-1675年12月15日
ネーデルラント連邦共和国(現オランダ)

光の魔術師とよばれる。
バロック期のオランダ絵画を代表する画家。生涯のほとんどを故郷デルフトで過ごす。

フェルメール 手紙を読む女

《手紙を読む女》
1663年頃 油彩・キャンヴァス
46.6x39.1㎝ アムステルダム国立美術館

フェルメール 牛乳を注ぐ女

《牛乳を注ぐ女》
1657-58年頃 油彩・キャンヴァス
45.5x41㎝ アムステルダム国立美術館

現存する作品は35点ほど。その大半が、上流市民層の日常のひとこまを描いた風俗画で、静謐で荘厳さを感じる作品を描いています。カメラ・オブスキュラ*(カメラの原型となる光学装置)を使ったと言われています。

*カメラ・オブスキュラ

ラテン語で「暗い(オブスキュラ)部屋(カメラ)」の意味。

ピンホール現象を使ったカメラの原型です。
小さな穴を通った光が壁などに逆さまに投影されます。紀元前の頃からすでに知られていた現象です。
この現象を生かした装置はヨーロッパの画家たちの創作意欲を刺激しました。

カメラ・オブスキュラ
カメラ・オブスキュラ
he original uploader was Josemanuel at Spanish Wikipedia., CC BY-SA 3.0 , via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:CamaraOscura.png

ホッベマ

ホッベマ

メインデルト・ホッベマ
Meindert Hobbema
1638年10月31日-1709年12月7日
アムステルダム

ロイスダールの影響を受け、のどかで親しみやすい田園風景画を描く。

ホッベマ《ミッデルハルニスの並木道》

《ミッデルハルニスの並木道》
1689年 油彩・カンヴァス
103.5x141㎝ ナショナル・ギャラリー(ロンドン)

この時代の風景画は、複数のスケッチに基づいて画面構成された「理想的な風景」が描かれていました。
この作品も実際の景観と同じように描かれてはいたものの、ポプラの木の数や高さ、シンメトリーの構図など、全体を調整した作品です。

バロック/スペイン

・16世紀に「太陽の沈まぬ帝国」と呼ばれるほど繁栄
・7世紀には政治的に弱体化するが、美術では黄金時代を迎える
・カトリックを基盤にした絶対王政のもと、王や教会が芸術を保護
・植民地ナポリ経由でカラヴァッジョの影響を受け、自然主義的な明暗法(テネブリズム)が広がる
・宮廷画や宗教画を中心に、写実的な肖像画や静物画も発展
・ベラスケスをはじめ、絵画や彫刻、文学などで多くの芸術家を輩出

◆主な作家
  エル・グレコ 宗教画(マニエリスム~バロック初期)
  リベーラ 宗教画、静物画、ナポリで活躍
  スルバラン 質感のある静物画  
  ベラスケス 宮廷画家、雰囲気の魔術
  ムリーリョ 宗教画と庶民を描く

エル・グレコ

エル・グレコ

エル・グレコ
El Greco
本名 ドメニコス・テオトコプーロス
1541年-1614年4月7日
クレタ島出身

16世紀スペインの代表的なマニエリスト。スペインに強い宗教性と神秘性をもつ表現を持ち込み、バロック初期にも影響。

エル・グレコ オルガス伯の埋葬

《オルガス伯の埋葬》
1586-88年 
油彩・カンヴァス
487.5x360㎝ サント・トメ教会(トレド)

エル・グレコはマニエリスムの代表的画家として知られますが、この宗教画では、強烈な明暗対比や伸びやかな形態表現によって、バロック絵画に通じる劇的な空間と霊的な高揚感を生み出しています。

地上の葬儀と天上の幻視が一つの画面に結ばれる構図は、観る者に神秘的で荘厳な印象を与え、後のスペイン宗教画に大きな影響を与えました。

リベーラ

ホセ・デ・リベーラ

ホセ・デ・リベーラ
Jusepe de Ribera
1591年2月17日~1652年11月3日
スペイン

10代でイタリアへ渡る。ローマでカラヴァッジョから影響を受けた強い明暗法と写実性。当時スペイン領だったナポリで宮廷画家として活躍。

リベーラ《聖ペテロの解放》

《聖ペテロの解放》
1639年 
油彩・キャンヴァス
177x232㎝  プラド美術館(マドリード)

ホセ・デ・リベーラ《えび足の少年》

《えび足の少年》
1642年 
油彩・キャンヴァス
164x94㎝  ルーブル美術館(パリ)

鋭い観察眼で足の悪い少年を描いた《えび足の少年》。少年の手に持つ紙には「Da mihi elimosinam propter amorem Dei(神の愛のために私に施しを)」と書かれています。
貧困や障がいを背負いながらも、少年の存在感や人間的尊厳を力強く伝えています。

スルバラン

フランシスコ・デ・スルバラン

フランシスコ・デ・スルバラン
Francisco de Zurbarán
1598年11月7日~1664年8月27日
スペイン

セビーリャを中心に活動。
自然主義的明暗法から出発。深い宗教性や、静謐さ、瞑想性のある作風。

スルバラン 静物

《静物》
1650年 
油彩・キャンヴァス
46x84㎝  プラド美術館(マドリード)

鋭い写実力によって、すぐれた静物画を描きました。光と影で物を際立たせることで、静謐で瞑想的な雰囲気を表現しています。

ベラスケス

ディエゴ・ベラスケス

ディエゴ・ベラスケス
Diego Velázquez
1599年6月6日-1660年8月6日
スペイン

スペインバロックを代表する巨匠。
マドリードで40年も宮廷画家として君臨。

パトロン/フェリペ4世

ブレダの開城 ベラスケス

《ブレダの開城》
1634-1635年頃 
油彩・キャンヴァス
307x367㎝ プラド美術館(マドリード)

ベラスケス ラス・メニーナス

《ラス・メニーナス》
1656年 
油彩・キャンヴァス
318x267㎝ プラド美術館(マドリード)

《ラス・メニーナス》は、後世の画家に「すべての絵画の最高位に位置するもの」と絶賛されたベラスケスの代表作。
スペイン王フェリペ4世の息女マルガリータ(当時5歳)を中心に、女官や次女たちが描かれ、一番左には、絵筆を持ったベラスケス自身も描かれています。
「ラス・メニーナス」とは、「宮廷の侍女たち」という意味のスペイン語です。

ムリーリョ

バルトロメー・エステバン・ムリーリョ

バルトロメー・エステバン・ムリーリョ
Bartolomé Esteban Murillo
1617年12月31日-1682年4月3日
スペイン

美しく感傷的な宗教画を描く一方、スペイン庶民のリアルな生活も描く。親しみやすく優しい描写。

ムリーリョ 蚤をとる少年 乞食の少年

《蚤をとる少年(乞食の少年)》
1645~1650年頃 
油彩・キャンヴァス
134x100㎝  ルーブル美術館蔵(パリ)

《無原罪の御宿り》
1678年頃 
油彩・キャンヴァス
274x190㎝  プラド美術館(マドリード)

「無原罪の御宿り」とは、キリストだけでなく聖母マリアも、神の意志によって原罪(アダムとイブから受け継がれた罪)に染まることなく、母の胎内に宿ったとする教えに基づく主題。聖母崇拝の盛んなスペインでは、多くの画家たちがこの主題で描いています。

バロック/フランス

・絶対王政のもと、理性的で知性と秩序を重んじる「古典主義」的美術の発展
・壮大で調和のとれた構成
・1648年、ル・ブランによりパリの王立アカデミーが創設
・イタリア・ルネサンスの芸術観「古代美術」「ラファエロ」「プッサン」が基準
・画家や彫刻家は職人ではなく「優れた創造者」

◆主な作家
  ラ・トゥール 夜の画家
  プッサン アカデミーの規範
  クロード・ロラン 理想風景の追求
  ル・ブラン 王権の栄光

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール

ディエゴ・ベラスケス

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール
Georges de La Tour
1593年3月19日-1652年1月30日
フランス

国王ルイ13世付きの宮廷画家
「夜の画家」と呼ばれる

パトロン/ルイ13世

ラ・トゥール 大工聖ヨセフ

《大工聖ヨセフ》
1640年頃 
油彩・キャンヴァス
130x100㎝ ルーブル美術館(パリ)

ろうそくの光に照らし出された宗教画で知られるラ・トゥールの代表作。夜の作業場で働く義父の聖ヨセフに、何か語りかけている少年キリストが描かれています。

カラヴァッジョの作品の光源は、常に画面の外でしたが、ラ・トゥールの場合、画中に光の元となるものを持ち込んでいます。より明暗の対比が強調されつつ、静謐で秩序ある神秘的な世界を描いています。

ニコラ・プッサン

ニコラ・プッサン

ニコラ・プッサン
Nicolas Poussin
1594年6月15日~1665年11月19日
フランス

バロック全盛期に活躍。激しい感情や、劇的な表現をおさえて、厳格な古典主義様式で、古代ローマの美術を理想とする優雅さを追求。生涯にわたり、聖書や神話など物語画を描く。
フランス最大の画家として「絵画の父」と称される。

パトロン/ポッツォ、ルイ13世

ニコラ・プッサン アルカディアの牧人たち

《アルカディアの牧人たち》
1638-40年頃 
油彩・キャンヴァス
85x121㎝   ルーブル美術館蔵(パリ)

絵画は哲学的であるべきという持論から、教養のある人々のみが読み解ける知的で秩序を重んじた、古典主義的な絵画を確立します。
画中のラテン語はその象徴で、アカデミーにおいて、古代やラファエロと並んで、芸術の基準とされた作品です。

Sailko, CC BY 3.0 , via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Nicolas_poussin,_i_pastori_in_arcadia_(et_in_arcadia_ego),_1638-40_ca._02.jpg

石棺に刻まれている文字は、「ET IN ARCADIA EGO」(我アルカディアにもあり)。

「アルカディア」とは、古代ギリシアにあったとされる理想郷。
我とは死のことで、理想郷にも死は訪れるという、幸福の儚さと死への思いを促すものという説、そしてこの文字を並べ替えると…「I TEGO ARCANA DEI」(立ち去れ私は神の秘密を隠した)と、別の意味の文章が成立します。

他の諸要素からも、キリストの子孫に関するメッセージが背景の山に隠されているのではないかという説もあるようです。

クロード・ロラン

クロード・ロラン
Claude Lorrain
1600年頃-1682年11月23日
フランス

ロレーヌ地方の出身で「ロラン」と呼ばれる。生涯の大半はローマで過ごし、風景画を描き続ける。

クロード・ロラン シバ女王の乗船

《シバ女王の乗船(海港 シバの女王の上陸)》
1648年 油彩・キャンヴァス
149.1x196.7㎝
ナショナル・ギャラリー(ロンドン)

左右に古代ローマ風の建物がそびえ、開かれた中央は、太陽の光を受けて輝く海面。典型的な理想的風景画の構図です。

クロード・ロラン アイネイアスのいるデロス島の海辺

《アイネイアスのいるデロス島の海辺》
1671-72年 油彩・キャンヴァス
99.6 cm × 134.3 cm
ナショナル・ギャラリー(ロンドン)

ロランは自然の光と、大気・空の表現を追求。後にターナーやコンスタブルらイギリスの風景画に、大きな影響を与えています。

ル・ブラン

シャルル・ル・ブラン

シャルル・ル・ブラン
Charles Le Brun
1619年2月24日-1690年2月22日
フランス

ルイ14世の首席画家として、ヴェルサイユ宮殿、ルーブル宮殿の内装を担当。王立絵画・彫刻アカデミーを設立・運営。17世紀後半の美術界を牽引。

パトロン/ルイ14世

シャルル・ル・ブラン アルベラの戦い

《アルベラの戦い(アレクサンドロス大王伝》
1669年頃 油彩・キャンヴァス
ルーブル美術館(パリ)

画面いっぱいの群衆の中、3か所にスポットライトが当たっています。中心となるモチーフの周りに構図を組み立てる手法や、人物の的確な感情表現など、アカデミーでの優れた具体例となりました。

ベルサイユ宮殿 鏡の間 ル・ブラン

ベルサイユ宮殿 鏡の間
1678年~1686年
ル・ブランによる内部装飾

バロック期の代表的な建築が、ルイ14世のベルサイユ宮殿です。

この「鏡の間」を設計したのは、ジュール・アルドゥアン=マンサール(1646-1708)。内部の装飾をおこなったのが、ル・ブランです。

天井画はルイ14世の武勲が描かれた大物語画。
シャンデリアと燭台が、鏡と窓に反射して、まばゆい空間をつくりました。

太陽王・ルイ14世の治世のもとで繁栄したフランス。ヴェルサイユ宮殿は、まさにその象徴でした。

美術アカデミーが初めて設けられたのは、1563年のフィレンツェの素描アカデミーです。
フランスでは、1648年にパリに王立絵画・彫刻アカデミーが設立されます。その設立・運営をしたのが、ル・ブランです。
フランスに続き、ヨーロッパ各地で官立アカデミーが設立されていきました。

アカデミーでは、歴史画が最上位とされ、肖像画や風景画、静物画などは下位に位置づけられていましたが、フランス革命後、市民社会の発展とともに風景画や風俗画が注目されていくようになります。(19世紀のロマン主義や写実主義につながっていきます。)

やがてフランスがイタリアにかわり、ヨーロッパ美術の中心となっていきます。

【参考図書】
改訂版 西洋・日本美術史の基本 美術検定1・2・3級公式テキスト 美術検定実行委員会編 株式会社美術出版社 2019
続 西洋・日本美術史の基本 美術検定実行委員会編 株式会社美術出版社 2018
増補新装 カラー版 西洋美術史 高階秀爾監修 株式会社美術出版社 2021
カラー版 1時間でわかる西洋美術史 (宝島社新書) 宮下規久朗著  宝島社 2018
366日の西洋美術 (366日の教養シリーズ) 瀧澤秀保監修 株式会社三才ブックス 2019
芸術教養シリーズ6 盛期ルネサンスから十九世紀末まで 西洋の芸術史 造形篇II 水野千依編 株式会社幻冬舎 2013