
中世の美術はローマ帝国でのキリスト教弾圧時代から始まります。
1世紀、ユダヤ教から分派してイタリア半島へ伝えられたキリスト教。ローマ帝国の弱体化とともに、信者が増えていく中、2世紀末~3世紀頃にキリスト教美術が生まれます。
しかし313年、コンスタンティヌス大帝がキリスト教を正式に認めるまでは、迫害を受けており、教徒はひっそりと、地下で祈りのための美術を育みました。
キリスト教が国教となってから、各地で教会堂の建築が盛んになります。そして建物の天井や壁に、聖書の教えが描かれるようになっていきました。
年代 2世紀末~5世紀頃
地域 ローマ全域
キーワード カタコンペ・教会堂建築

紀元前300年頃
ヴァティカン美術館
青年は「キリスト」、羊は「信者」を意味します。
これは「新約聖書」で、イエスが「私は善き羊飼いである」と語ったことによります。
カタコンべの天井画によく描かれている像です。



カタコンベ

2世紀末~4世紀後半
地下墓所
キリスト教徒が死者の埋葬のために、地中に張り巡らした地下墓所。ローマを中心に、地中海沿岸のほぼ全域に造られました。
キリスト教は「キリスト」が絶対の神。よってローマ皇帝も認めないというきまりがあったため、帝国から迫害を受けていました。正式に認められるまで、教徒たちは弾圧を避けて、地下にカタコンベを造りました。
その壁や天井にキリストモチーフの寓意的な絵を描いて、死後の魂の救済を願いました。
カタコンベは「窪地のあたり」を意味する言葉が語源。
サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂

432-440年頃
法皇シクトゥス3世(在位432-40)が建築
長方形の長軸方向に円柱を配置して、奥に半円形の祭壇が置かれるバシリカ式は、教会堂の基本構造となっていきます。
天井や壁に描かれた聖書の様々なシーンは、字を読めない者への目でみる聖書となるため、全体を美しく描こうとするのではなく、キリストの教えが重要視されました。



このンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂は、ローマ4大大聖堂のひとつで、1000年にわたり改築が繰り返されています!
【参考図書】
改訂版 西洋・日本美術史の基本 美術検定1・2・3級公式テキスト 美術検定実行委員会編 株式会社美術出版社 2019
続西洋・日本美術史の基本 美術検定実行委員会編 株式会社美術出版社 2018
増補新装 カラー版 西洋美術史 高階秀爾監修 株式会社美術出版社 2021
カラー版 1時間でわかる西洋美術史 (宝島社新書) 宮下規久朗著 宝島社 2018
芸術教養シリーズ5 古代から初期ルネサンスまで 西洋の芸術史 造形篇I 水野千依編 株式会社幻冬舎 2013