
◆ロマン主義の特徴
・1824年のサロンを機にロマン主義が台頭
・新古典主義と対立した芸術運動
・当時の事件や文学をテーマとする
・オリエンタリズム、東方世界(オリエント/中近東や北アフリカのイスラム世界)への関心
・ブルジョワ社会体制に反感
・衝撃的な題材
・写実性や躍動感、ドラマチックな表現
・個性や感情の表出、感覚を重視
・自然や神秘的な美を受容
・色彩重視
・中世の民族的な伝統に関心
・地域で異なる傾向
◆主な作家
ジェリコー(フランス) ロマン派の先駆者
ドラクロワ(フランス) ロマン主義の大家
ヒュースリ(イギリス) 深層心理に迫る怪奇な幻想
ブレイク(イギリス) 想像の世界、神秘的
ターナー(イギリス) 大自然の力強さ、光と色
コンスタブル(イギリス) 身近な田園風景
フリードリヒ(ドイツ) 自然の中の超越的な風景画
ルンゲ(ドイツ) 自然の中から神性を感じるものを再構成
ロマン主義(フランス)
フランスでは王政復古期に台頭した流れで、画家たちはブルジョワ社会体制への反感から、それまで取り扱うことのなかった衝撃的な題材を、激情的に描きました。
その先陣を切ったのが、テオドール・ジェリコーです。そして若くして亡くなったジェリコーを引き継ぐ形で、フランスのロマン主義を大成させたのが、ドラクロワです。彼らは実際の出来事を対象に、人間ドラマを描きました。
ジェリコー

《突撃する近衛士官》
1812年 油彩・キャンヴァス
349x266㎝ ルーブル美術館(パリ)

《メデュース号の筏》
1819年 油彩・キャンヴァス
491x716 ルーブル美術館(パリ)
荒れた海を筏で漂流する遭難者たちが、救助船に向かって必死に助けを求めています。これは、1816年の政府が隠した海難事故を描いたもの。
アフリカ沖で座礁したフランス軍艦メデュース号。艦長ら幹部は早々と逃げ出し、150人の兵士や船員たちが取り残されます… 救出までの13日間に、喧嘩や殺し合いが起こり、生き残ったのはわずか15人…
ジェリコーは生存者に取材し、死体安置所で死体をデッサンし、死に直面した極限状況を生々しく描いています。

《エプソンのダービー》
1821年 油彩・キャンヴァス
92x122.5㎝ ルーブル美術館(パリ)
19世紀後半、連続写真によって、馬の脚の動きが違うと物議をかもしますが、ロダンは芸術的真理からジェリコーを評価しています。
馬好きだったジェリコーは、落馬によって脊髄を損傷し寝たきりとなり、32歳という若さで亡くなっています。
ドラクロワ

《キオス島の虐殺》
1823-24年 油彩・キャンヴァス
345×419㎝ ルーブル美術館(パリ)
ギリシャ独立戦争を封じるために行われた、オスマン帝国による虐殺を描いた作品。こちらも取材の上描かれています。サロン出品時には「絵画の虐殺である」と痛烈な批判を浴びました。

《サルダナパールの死》
1827年 油彩・キャンヴァス
392×496㎝ ルーブル美術館(パリ)
イギリスの詩人ジョージ・バイロンの戯曲を主題とした作品。敵に宮殿を包囲された古代アッシリア王が寵姫たちを殺害させている場面です。ベッドの上で悠然と眺めている王がいます。

《民衆を導く自由の女神》
1830年 油彩・キャンヴァス
260×325㎝ ルーブル美術(パリ)
こちらは1830年の7月革命の様子を描いたもの。この革命によって、今に続くフランス国家が誕生します。
女神はフランスを擬人化したシンボル。三色旗を掲げた自由の女神と共に突き進むパリ市民の姿です。三色旗が示すのは、自由と平等と博愛。
絵画を政治や思想の道具にすることを嫌ったドラクロワでしたが、この革命を目の当たりにして、激情の赴くままに描いたそう。

《アルジェの女たち》
1834年 ルーブル美術館

《民衆を導く自由の女神》を描いた4年後の作品です。
ドラクロワは1832年、フランス政府のモロッコ使節団に、随行画家として同行します。6か月に及ぶ旅の帰途、立ち寄ったアルジェの町で、イスラム社会のハレムを見る機会を得ます。女性たちの美しい衣装や装飾品、水タバコやじゅうたんなどの調度品、室内の様子も詳細に描かれています。
ヨーロッパにはない色彩と官能性ですね。
北アフリカの強烈な太陽と、豊かな色彩の影響を受けたこの旅行を境に、ドロクロワは色使いも明るく多彩になっていったようです。
新古典主義(アカデミー側)のアングルと、ロマン主義のドラクロワとは、1824年以降、半世紀に及びフランス絵画界を二分しています。
ロマン主義(イギリス)
イギリスはフランスよりも早くロマン主義があらわれました。
18世紀のうちより、古典主義的な規範に縛られない個性豊かな絵画がみられ、フュースリやブレイクが幻想的な世界を表現します。
19世紀へ入ると、ターナーやコンスタブルが、自然への関心を追求。大自然の力強さや、身近な自然を写実的に、あるがままに描きました。
「風景画」もフランスに先立ち、イギリスで黄金時代を迎えています。
ブレイク

《歓喜の日》
1794-96年 油彩・キャンヴァス

《日の老いたる者》
1794年 エッチング・水彩
36×25.7㎝ 大英博物館(ロンドン)
これは旧約聖書の「天地創造」の挿絵として描かれました。「神が海に描いた円」という言葉をもとに、創造神が建築家のように、コンパスを手にしている姿です。
ブレイクは想像の世界を何よりも重要視していていました。
その自由な表現は、後のアール・ヌーヴォーにも影響を与えています!
ターナー

《カルタゴを建設するディド》
1815年 油彩・キャンヴァス
155.5×230㎝ ナショナル・ギャラリー(ロンドン)

《戦艦テレメール》
1838年 油彩・キャンヴァス
ナショナル・ギャラリー(ロンドン)

《雨、蒸気、速力-グレート・ウェスタン鉄道》
1844年 油彩・キャンヴァス
91×121.8㎝ ナショナル・ギャラリー(ロンドン)
雨の中、テムズ川にかかるメイドゥンヘッドを渡る蒸気機関車です。
産業革命によって変化する風景を、自然の猛威とともに描いています。
イギリスの画家たちに大きな影響を与えたのが、バロック期のクロード・ロランの風景画でした。ターナーは、ロランのような神話や歴史の舞台としての風景画と、イギリス各地を旅しながら、特定の場所の景観としての風景画を描いています。
コンスタブル

《主教館の庭から見たソールズベリー大聖堂》
1823年 油彩・キャンヴァス
ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館(ロンドン)

《乾草車》
1821年 油彩・キャンヴァス
ナショナルギャラリー(ロンドン)
移り変わる空や光の変化を表現しようと、戸外で制作します。
コンスタブルの表現も、その制作スタイルも、後の印象派に影響を与えています。
この作品を描いた当時は、イギリスではすぐには認められませんでした。
しかし3年後、パリのサロンに出品した際、ドラクロワなどロマン主義の画家たちに絶賛されています。
ロマン主義(ドイツ)
ドイツでも多くの風景画が描かれますが、特に「畏敬の念を起こさせる自然」を対象とた神秘的な風景画が描かれました。
宗教的、文学的、哲学的内容を重視する傾向が見られます。
フリードリヒとルンゲが代表作家です。
フリードリヒ

《雲海の上の旅人》
1817年 油彩・キャンヴァス
ハンブルク美術館(ドイツ)

《人生の諸階段》
1817年 油彩・キャンヴァス
72.5×94㎝ ハンブルク美術館(ドイツ)

《北極海の難破船》
1823-24年 油彩・キャンヴァス
96.7×126.9㎝ ハンブルク美術館(ドイツ)
50歳の頃の作品です。
凍った海と それに押しつぶされた船…
当時「風景の悲劇」を発見したと評されています。
ルンゲ

《朝》
1808年 油彩・キャンヴァス
109x85.5㎝ ハンブルク美術館(ドイツ)

《朝》Morgen

《昼》Tag

《夕》Abend

《夜》Nacht
《1日の四つの時》エッチングによる連作で、《朝》《昼》《夕》《夜》の4つで構成されてます。

《色球体》
ルンゲは、3次元の色彩の体系を作り出し芸術論に貢献しています!
球体の表面(上の2点)と、それらを水平・垂直に切り出した図(下の2点)です。
「色彩論」を書いたゲーテと、書簡のやり取りもあったようです。
マンセルがカラーシステムに関する初めての本を書いたのが1905年。ルンゲはそれより100年も前です。
ドイツ文学においても、グリム兄弟に創作したものを提供したそう。多才ですね。
「色球体」に関する著書を出版した1810年に、33歳という若さで亡くなっています。
[参考図書]
改訂版 西洋・日本美術史の基本 美術検定1・2・3級公式テキスト 美術検定実行委員会編 株式会社美術出版社 2019
続 西洋・日本美術史の基本 美術検定実行委員会編 株式会社美術出版社 2018
増補新装 カラー版 西洋美術史 高階秀爾監修 株式会社美術出版社 2021
カラー版 1時間でわかる西洋美術史 (宝島社新書) 宮下規久朗著 宝島社 2018
この絵、誰の絵? 100の名作で西洋・日本美術入門 佐藤晃子著 株式会社美術出版社 2019
366日の西洋美術 (366日の教養シリーズ) 瀧澤秀保監修 株式会社三才ブックス 2019
芸術教養シリーズ6 盛期ルネサンスから十九世紀末まで 西洋の芸術史 造形篇II 水野千依編 株式会社幻冬舎 2013