初期ルネサンスの美術

プリマヴェーラ 春 ボッティチェリ
ボッティチェリ《プリマヴェーラ(春)》

「ルネサンス」とは「再生」を意味するフランス語。
14世紀から16世紀にイタリアで生まれた古代文化復興運動を指します。

その始まりの都市はフィレンツェです!

初期ルネサンス美術の特徴
・中世までのキリスト教中心の世界から人間性の回復をめざした流れ
古代ギリシア・ローマ美術の復興
神話が描かれる
・富裕市民階級の台頭 メディチ家
建築も芸術作品として造られる
・個性的な表現の彫刻
・絵画に人間らしい表情が加わる
量感のある人体表現
遠近法の確立 理論化
・工房への弟子入り 徒弟制

主な作家
 
ジョット 人間らしい表情に 「西洋絵画の父」 
 
ブルネッレスキ 建築 
 アルベルティ 建築
 ドナテッロ 
彫刻
 ギベルティ 遠近法を彫刻に取り入れる
 パオロ・ウッチェロ
 フラ・アンジェリコ
 マザッチョ 線遠近法
 フィリッポ・リッピ
 ピエロ・デッラ・フランチェスカ 
透視図法 
 ベッリーニ
 ヴェロッキオ
 ボッティチェリ

ジョット

ジョット・ディ・ボンドーネ
Giotto
1267年頃-1337年1月8日

イタリアの画家・建築家
14世紀初めに活躍
マチブーエの弟子
ルネサンス美術を準備した天才画家
「西洋絵画の父」とも言われる

《キリストの哀悼》

ジョット キリストの哀悼

1303-05年 フレスコ壁画
スクロヴェーニ礼拝堂(パドヴァ

《ユダの接吻》

ジョット_ユダの接吻

1304-06年 スクロヴェーニ礼拝堂(パドヴァ

ジョットは、無表情だった人間の顔に、自然な感情表現を与えます。また正確ではないものの遠近法を取り入れ、奥行きのある空間表現を試みます。

スクロヴェーニ礼拝堂
Hugo DK, CC BY-SA 4.0
, https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Cappella_degli_Scrovegni.jpg
スクロヴェーニ礼拝堂_
Andrea Piroddi, CC BY-SA 3.0
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:La_Cappella_degli_Scrovegni.JPG

スクロヴェーニ礼拝堂

 👆左下手前に《ユダの接吻》で、
  そのちょうど向かいの壁に《キリストの哀悼》

 ちょっとわかりにくいですが… ^^;

ブルネッレスキ

ブルネッレスキ

フィリッポ・ブルネッレスキ
Filippo Brunelleschi
1377年-1446年4月15日

ルネサンス最初の建築家で、透視図法を使った最初の人物
数学的秩序と比例重視の建築理念は のちの建築家に継承されていく

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂円蓋

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
Bruce Stokes on Flickr, CC BY-SA 2.0 ,
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:View_of_Santa_Maria_del_Fiore_in_Florence.jpg

ドーム部 1420-36年
(大聖堂の建設の始まりは1296年)

ルネサンス期の建築は、絵画や彫刻と同様の芸術作品として造られ、建築家の個性や、理想的な比例調和が重視されました。

ブルネッレスキは、古代建築をベースに、アーチヴォールト*などの構造を導入。そこに数学的秩序を融合させ、この大円蓋を完成させました。円は無限の宇宙の象徴です。


ヴォールト/アーチをもととした石造や煉瓦、コンクリート造の曲線天井の総称

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
Stefan Bauer, http://www.ferras.at, CC BY-SA 2.5 ,
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Dom_Florenz_Kuppelfresko.jpg
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
Sailko, CC BY 3.0 ,
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Federico_zuccari,_angeli_con_strumenti_della_passione,_1574-79,_06_colonna,_croce.JPG
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
Fczarnowski, CC BY-SA 4.0 ,
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Florence_duomo_fc10.jpg

ドーム内のフレスコ《最後の審判》は、ジョルジョ・ヴァザーリと、フェデリコ・ツッカリによるもの。

パッツィ家礼拝堂

パッツィ家礼拝堂
Gryffindor, CC BY-SA 3.0 ,
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Pazzi_Chapel_Florence_Apr_2008.jpg

フィレンツェのサンタ・クローチェ聖堂付属

パッツィ家礼拝堂 平面図

正方形を基調とする構造。
中央の集中式プランに完全な円形ドームがかかっています。

アルベルティ

アルベルティ

レオン・バッティスタ・アルベルティ
Leon Battista Alberti
1404年2月14日-1472年4月25日

初期ルネサンスの建築家
多方面に才能を発揮した天才
『絵画論』『建築論』を執筆

サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂のファサード

アルベルティ サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂のファサード
Suicasmo, CC BY-SA 4.0 , via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Santa_Maria_Novella_(Florence)_-_Facade_20150811.jpg

ファザードを設計。
ファサード
とは建物の正面部分のこと。フランス語のfaçade(face、顔)が語源です。

ドナテッロ

ドナロッテ 

ドナテッロ
Donatello
1386年頃-1466年12月13日

ルネサンス初期の彫刻家・金細工師
ギリシア美術の手法を復活
個性的表現で多くの傑作を残す

《ダヴィデ》

ドナテッロ ダヴィデ
Donatello, CC BY-SA 2.0 , via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Donatello_-_David_-_Floren%C3%A7a.jpg

1440年頃 ブロンズ
H158㎝ バルジェロ国立博物館(フィレンツェ)

『旧約聖書』の中の、ダヴィデとゴリアテのエピソードがモチーフ。
メディチ家からの依頼で制作されました。
古代以後、最初につくられた独立像です。

ギベルティ

ロレンツォ・ギベルティ
Lorenzo Ghiberti
1381年頃-1455年12月1日

初期ルネサンスの彫刻家・金細工師
透視図法を使い秩序ある作品を生み出す

《天国の門》

ギベルティ 天国の門
Sailko, CC BY 3.0 , via Wikimedia Commons

サン・ジョヴァンニ洗礼堂の門扉

ギベルティ ヤコブとエサウ
Lorenzo Ghiberti, CC BY-SA 3.0 , via Wikimedia Commons
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Lorenzo_Ghiberti_-_Esa%C3%BA_e_Jac%C3%B3_-_Porta_do_Para%C3%ADso.jpg

《ヤコブとエサウ》

浮彫りの彫刻に遠近法を取り入れいています。

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パオロ・ウッチェロ

パオロ・ウッチェロ

パオロ・ウッチェロ
Paolo Uccello
1397年-1475年12月10日

ギベルティの工房で修業
遠近法の研究に没頭

《サン・ロマーノの戦い》

paolo-uccello-battaglia-di-san-romano

1436-40年頃 テンペラ・板
182×320㎝ ウフィツィ美術館

開戦から勝利までを描いた3部作のひとつ。
いたるところに遠近法を使い、逆にまとまりに欠けるといわれている作品です。

フラ・アンジェリコ

フラ・アンジェリコ

フラ・アンジェリコ
Fra Angelico
1390/95頃~1455年2月18日
本名はグイ―ド・ディ・ピエトロ

イタリア修道院僧画家
謙虚に生きながら、可憐で清楚な絵を描くことから「フラ・アンジェリコ(天使のような修道士)」と呼ばれるように。

《受胎告知》

フラ・アンジェリコ_受胎告知

1438-45年 フレスコ壁画 
230×321㎝ サン・マルコ修道院(フィレンツェ)

「受胎告知」は、新約聖書に書かれたエピソードの1つ。

マリアのもとにやってきた大天使ガブリエルが、キリストを妊娠したことを告げます。マリアは両手を交差させた同意のポーズで、これを受け入れるという場面です。

フラ・アンジェリコはマザッチョの遠近法を取り入れて、静寂な祈りと瞑想の絵画を生み出しました。

生涯に15枚近くの《受胎告知》を描いてます。

フラ・アンジェリコ 受胎告知

絵の下に書かれている銘文は
“VIRGINIS INTACTAE CUM VENERIS ANTE FIGURAM PRETEREUNDO CAVE NE SILEATUR AVE”
「永遠なる処女の像の前を通り過ぎる時には必ず、アヴェ・マリアと唱えることを忘れぬように」

その他の《受胎告知》✨

フラ・アンジェリコ_受胎告知_プラド美術館

1425年頃 テンペラ・板
194×194㎝ プラド美術館(マドリード)

フラ・アンジェリコ 受胎告知_司教区美術館

1433-34年 テンペラ・板
175×180㎝ 司教区美術館(コルトーナ)

フラ・アンジェリコ_受胎告知_サン・マルコ修道院

1438-46年頃 フレスコ
250×321㎝ サン・マルコ修道院(フィレンツェ)

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マザッチョ

マザッチョ

マザッチョ
Masaccio
1401年12月21日-1428年(26歳没)

建築家ブルネッレスキから透視図法の手ほどきを受ける
正確なイッテン透視図法(線遠近法)を絵画に取り入れる

《貢の銭》

貢の銭 マザッチョ

1425-27年頃
サンタ・マリア・デル・カルミネ教会

ジョットに人間らしい表現を受け継ぎ、生きた人間の動きを研究。
初めて正確な一点透視図法を使って絵を描いています。

マザッチョ 貢の銭 一点透視図法
マザッチョ 貢の銭
I, Sailko, CC BY-SA 3.0 ,
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Cappella_brancacci_03.JPG

 👆左の壁面 上の段が《貢の銭》
  ちょっとわかりにくですね ^^;

《聖三位一体》(父と子と聖霊)

マザッチョ 聖三位一体

1427年頃 フレスコ壁画
667×317㎝ 
サンタ・マリア・ノヴェッラ教会(フィレンツェ)

聖母マリアと洗礼者ヨハネとパトロンが描かれ、一点透視図法により描かれています。
消失点はイエスの足の少し下あたり…

フィリッポ・リッピ

フィリッポ・リッピ

フィリッポ・リッピ
Filippo Lippi
1406年-1469年10月8日

流れるような美しい線描
繊細で豊かな色  甘美な表現
マザッチョに学ぶ
ボッティチェリの師

《聖母戴冠》

filippo-lippi-coronation-of-the-virgin

1441-44年 テンペラ・板
220×287㎝ 
ウフィツィ美術館(フィレンツェ)

《聖母子と二人の天使》

フィリッポ・リッピ 聖母子と二人の天使

1450-65年頃 テンペラ・板
92×63.5㎝ ウフィツィ美術館(フィレンツェ)

ピエロ・デッラ・フランチェスカ

ピエロ・デッラ・フランチェスカ

ピエロ・デッラ・フランチェスカ
Piero della Francesca
1412年~1492年10月12日

画家であり数学者
遠近法を研究  秩序ある空間構成

《聖十字架物語》

ピエロ・デッラ・フランチェスカ

1454-64年頃
サン・フランチェスコ教会(アレッツオ)

幾何学的で無駄のない、秩序正しい画面の中に、澄んだ色彩と豊かな人体を表現しました。透視図法を駆使し、簡潔で安定感のある空間構成です。

《キリストの洗礼》

ピエロ・デッラ・フランチェスカ_キリストの洗礼

1437年以降 テンペラ・板
167x116㎝ ナショナル・ギャラリー(ロンドン)

新約聖書の福音書の中、キリストの生涯のエピソードのひとつで、ヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けるキリストです。

ハト(聖霊)とヨハネの手イエス一直線に並んでいます。イエスの両隣、ヨハネと樫の木も 均等に配置されています。

《ウルビーノ侯爵夫妻の肖像》

ピエロ・デッラ・フランチェスカ_ウルヴィーノ侯爵夫妻の肖像

474年頃 油彩・板
33x47㎝ 
ウフィツィ美術館(フィレンツェ)

初期ルネサンスの肖像画は、古代ローマのコインを手本に、真横から見た構図で描かれていました。

15世紀に入り、フランドル地方(現在のベルギー西部から来たフランス・南オランダ)で、斜め前から描かれます。

正面からの肖像はキリストのものと考えられていました。

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ベッリーニ

ベッリーニ

ジョヴァンニ・ベッリーニ
Giovanni Bellini
1430年頃~1516年)

一族で工房を開く
ジョルジョーネやティツィアーノを輩出

《ヴェネツィア総督ロレダーノ》

ベッリーニ ヴェネツィア総督ロレダーノ

1501年頃 油彩・板
61.6×45.1㎝ ナショナル・ギャラリー(ロンドン)

金粉は用いず、綿糸の1本1本を描いています!

ヴェロッキオ

ヴェロッキオ

アンドレア・デル・ヴェロッキオ
Andrea del Verrocchio
1435頃~1488年6月30日

彫刻・画家・金細工・機械工学他様々な分野に秀でる
ありのままの人体の美しさを表現

《キリストの洗礼》

ヴェロッキオ キリストの洗礼

1470-72年 油彩・板
177x151㎝ 
ウフィツィ美術館(フィレンツェ)

アンドレア・デル・ヴェロッキオは、ありのままの人体の美しさを表現した画家。

この作品はフィレンツェのサン・サルヴィ修道院の依頼によって制作され、ヴェロッキオのデッサン後、何人かの弟子によって仕上げられたと考えられています。

左側の天使や背景は、レオナルドに描かせたといわれています。

彼の工房ではレオナルド・ダ・ヴィンチや、ラファエロの師といわれるペルジーノも修業しています。

中世から17世紀頃までのヨーロッパでは、工房の職人は 親方のもとで、共同・分担して制作に携わり技術を高めました。

ボッティチェリ

ボッティチェリ

サンドロ・ボッティチェリ
Sandro Botticelli
1444/15~1510年5月17日

専門は彫刻でしたが、絵画・版画・鋳造・金細工・機械工学・数学・音楽…などの才能を持ち、教育家としても第一人者でした。

《ヴィーナスの誕生》

ヴィーナスの誕生 ボッティチェリ

1482-85年頃 テンペラ・キャンバス
172.5x278.5㎝ ウフィツィ美術館(フィレンツェ)

生れたばかりのヴィーナスが、貝殻の上で「恥じらいのポーズ」。これは古代ローマ彫刻に由来するポーズです。

メディチ家からの注文で描いたと言われています。

《プリマヴェーラ(春)》

ボッティチェリ プリマベーラ

1477-78年頃 テンペラ・板
ウフィツィ美術館(フィレンツェ)

《ヴィーナスの誕生》 とともに、こちらもメディチ家からの注文で描いたといわれています。

当時イタリアで権勢を振るったメディチ家は、キリスト教の制約を受ける中世芸術よりも、人間中心のギリシア・ローマ時代の芸術を好みました。

庇護された芸術家は、アルベルティ、ドナテッロ、ボッティチェリ、 レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ…など♪

上の2つの作品はどちらもテンペラ画

テンペラ」とは「混ぜ合わせる」とう意味のラテン語、Temperareが語源です。主に卵黄と顔料を混ぜ合せた絵具で描かれた絵をテンペラ画といいます。

19世紀の産業革命で、チューブ絵具がでてくるまでは、漆喰の壁面に描いたフレスコ画や、石膏を下地に塗った板に描いたこのテンペラ画が主でした。

油絵には黄変・暗変がありますが、テンペラ画は経年劣化が少なく、鮮明な色彩を保ちます✨

《受胎告知》

ボッティチェリ 受胎告知

1489年 ウフィツィ美術館(フィレンツェ)

ボッティチェリの《受胎告知》✨

16世紀以降も 受胎告知は多くの作家によって、さらに劇的に自由に描かれていきます。

【参考図書】
知る、わかる、みえる 美術検定4級問題[入門編 introduction] 美術検定実行委員会編 株式会社美術出版社 2021
改訂版 西洋・日本美術史の基本 美術検定1・2・3級公式テキスト 美術検定実行委員会編 株式会社美術出版社 2019
続西洋・日本美術史の基本 美術検定実行委員会編 株式会社美術出版社 2018
増補新装 カラー版 西洋美術史 高階秀爾監修 株式会社美術出版社 2021
カラー版 1時間でわかる西洋美術史 (宝島社新書) 宮下規久朗著  宝島社 2018
この絵、誰の絵? 100の名作で西洋・日本美術入門 佐藤晃子著 株式会社美術出版社 2019
366日の西洋美術 (366日の教養シリーズ) 瀧澤秀保監修 株式会社三才ブックス 2019
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